聖トポロジーとキノコ
- キノコ新時代に向けて -Dr.マダラーノフ
[キノコの個性化と「キノコのある風景」]
四季おりおりのキノコを追いかけてきて、もっとも心に残るのは、そのキノコたちがゆくりなく発生してきたそれぞれの土地の思い出である。それぞれの土地の記憶が個性的な「キノコのある風景」として私の心に鮮明に焼き付いているのである。私にとっては、生駒のヌメリイグチは生駒のヌメリンちゃん、六甲のヌメリイグチは六甲のヌメリンくんであって単なるヌメリイグチ一般ではない。
[トポスの宇宙論的な磁場意識から古代へ]
私はそうしたそれぞれの土地のキノコたちの声に耳傾けるうちに場所、とか間(ま)、土地の精霊(ゲニウス ロキ)などへの想いが自然と深まっていった。英語のtopics(時事問題)やplace(場所)、ラテン語のlocus(土地)などもすべてギリシャ語のトポス(topos)から生じたもので、広い意味での「場所」を意味している。が、私たちがこの言葉を用いる場合は宇宙論的な磁場をさすものとして時空といつた意味合いを含ませている。私はキノコの誘いのままに、さまざまな聖地を訪れるあいだに、いつしかキノコを通してそれぞれの土地に固有の記憶、すなわち古事記、日本書紀といった官製の神話やそれとは異なるもっと別次元の神話から導き出されてきた何かに心を奪われていった。そして、私はキノコを通して古代という茫漠たる時空を行きつ戻りつするようになったのである。「聖トポロジーとキノコ」という発想はキノコとはじめて出会った頃から意識の端にのぼってはいたが、当初、キノコ採りの際の異次元感覚はキノコの作用と受け止めてきたものだつた。やがて、各地に今も残る古代より聖地と伝えられてきた場所(わが国の場合は神社が往時の記憶を比較的とどめている)の意味をたどることに格別の関心を抱き、現地に密着してさまざまに想いをめぐらせてきた。
[聖トポロジーの方法]
聖トポロジーの発想は今述べたように神社の杜(もり)を訪ねる中からうまれたものであるが、<去年今年つらぬく棒のごときもの>という高浜虚子の句に示されたような時間軸、いわゆる年表に還元されるような歴史的な時間軸で古代史を俯瞰することからは、より自由でありたいと思っている。歴史時間というものはくせ者で水晶時計のように均質に刻まれるものでは決してないし、ましてや意識をもった人間の期待や執念にデフォルメされた文献資料が打ち出す時空は、らせん構造をもつのが普通で第1級資料といえども綿密にふるいにかけた上で解釈する必要がありそうだ。しかし、学者をめざすならいざ知らず、わたしたちの探訪は歴史学的な手法にこだわりこちこちに肩肘はって取り組むようなものではない。歴史学の門外漢たるアマチュアならではの純粋に個人的体験に裏打ちされた実感を吐露すれば足ることなのだ。なによりも自由な発想を手放さず興味のおもむくままに軽々と核心を突いていくことで勝負したいものだ。肝心なことは、歴史的事件もすべては所詮人間の脳内での出来事にすぎないということを徹底し、それを軸に諸説を展開すれば良いのだ。
[すべては脳内での出来事]
「すべては脳内での出来事」と言ったついでに聖トポロジーに関連して是非触れておきたいことをつぎに述べておこう。
聖地に身を置くことは(キノコと出会った瞬間に薄膜がはがれるように異界へとずれ込む感覚と酷似している)、自身の脳内神経回路のさまざまな隘路(あいろ)にシンクロし、その隘路に入り込むことだと私は考えている。人間の脳の底無しで不気味な作用については、これまでの人生で充分すぎるほど体験してきたし、トランス状態のような初歩的な精神作用については無宗教人の私でも、充分に肯定できる。キノコ狩りが意識の集中力(コンセントレーション)による軽いトランス状態であるとすれば、聖地におけるそれは「場」の時空がもたらす別種の軽微なトランス状態であり、ヨガの瞑想法やシャーマンの神的ならぬ心的憑依とまったく同じ心的現象でなんら特異な現象ではない。
[植島の『聖地の想像力』のこと]
聖地の条件としては植島啓司の『聖地の想像力』にその定義がしめされているので列記しておこう。
「聖地の想像力」著・植島啓司
本体680円(+税)
ISBN 4-08-720037-X
01 聖地はわずか一センチたりとも場所を移動しない。
02 聖地はきわめてシンプルな石組みをメルクマールとする。
03 聖地は「この世に存在しない場所」である。
04 聖地は光の記憶をたどる場所である。
05 聖地は「もうひとつのネットワーク」を形成する。
06 聖地には世界軸 axis mundi が貫通しており、一種のメモリーバンク(記憶装置)として機能する。
07 聖地は母胎回帰願望と結びつく。
08 聖地とは夢見の場所である。
09 聖地では感覚の再編成が行われる。
これら9項目の定義は相互に結びつきながら聖地というものの今日的な意味をするどく捉えており、とても刺激的だ。とりわけ05は聖地への私の関心事の中核を成すものである。これに関して植島氏はメキシコにおける聖地の分布を調べたヴィクター・ターナーやアフリカのタレンシ人の習俗を研究したマイヤー・フォーテスのフィールド・ワークの結果を踏まえつつ・・・ @祖先信仰の祭祀(政治的儀礼)とA土地精霊の祭祀(豊饒儀礼)。@は都市または集落の中心で行われ、それぞれ政治的社会的に異なる集団の間の相違を際立たせ、それぞれの所属を強く意識させる機会ともなっている。それに対して、Aは辺境の地で行われ、それぞれの人々の間に共通の理念と価値とを再認識させ、儀礼的紐帯(ちゅうたい)をつくりだす。
おそらく聖地においてもそのような分類は可能であって、その起源が古ければ古いほど、聖地の分布する場所は政治的社会的中心から離れてしまうのではなかろうか。・・・と述べ、
・・・ この2つの情報ネットワークは、現在でも巧みに共存しつつ、新しい文化的=社会的システムの構築に関わっていると考えられる。むしろ単一のネットワークが発展するのは好ましいことではない。そもそもシステム発展の原動力は多様性とスケールであって、そのどちらかが失われるとネットワークそのものも崩壊の危機に瀕することになるのである。それこそ歴史の教訓といえるだろう。・・・
と結んでいる。
[宗教学者と共通の文化状況に対するわたしたちの危機意識]
わたしの聖地への接近も、ここで指摘されたもうひとつのネットワークの機能が近年わが国から急速に失われ、文化的=社会的システムが多分にバランスを欠きはじめていることに対する危機意識が背景にあると感じている。
[隠された神々のもうひとつのネットワーク回復のために]
全国に10万社は下らないとされる神社の中でも現代社会のかたすみにひっそりと息づく国津神系の神社に自然と足が向くのは私の好みの問題というより、そこに現代的課題が山積していると直感してきたからにほかならない。
しかし、もはや何も語らない単なるランドマークにすぎないかにみえる神社とその杜(もり)が、その祭神とは無関係にそれぞれの土地の人たちの手でにわかには信じがたいほどの労力をもって維持されていることは都会育ちの私には少なからぬ驚きであったし、社叢(しゃそう)や磐座(いわくら)という巨樹や石組みを神聖視する人類に普遍的なありようには、言葉以前のもっとシャーマン的な感官を磨いて接していく必要があると感じている。
[私の聖地にたいする基本的態度]
とはいえ、私の実感からすれば聖地は特定の人や集団の関与があってはじめて聖地となるのであって石組みや巨樹といった大道具・小道具がころがっているだけで聖地となるのではない。植島氏の聖地の9項目の定義もとどのつまりは、ある場所に、ある時、特定の人や集団の関与があってはじめて共同幻想の萌芽が芽生え、聖地の風貌を帯びるのであって、人ぬきには考えられないということに帰着する。すべては脳内の出来事である以上に、人あっての聖地なのである。したがって聖トポロジーも歴史資料や政治的・文化的小集団や個人の動向から完全な自由ということはありえないのだ 。
[それぞれの土地の自然を核にした新しい祭りの準備のために]
神社の神事やお祭り、あるいは各地の公園などで催されるイベントが面白くないのは、それぞれの場(トポス)に固有の共同幻想ぬきで形骸化した形式をなぞることに終始しているからだろう。どんなささいな祭りにもそれにかかわる人たちの共同幻想というベースがあってはじめて「場」の求心力が発揮され、エネルギーの蕩尽(とうじん)が可能になる。それは聖地の孕んできた意味とその土地の精霊たちの声を読み解き、骨肉化することでその場にふさわしいお祭りの形が整えられるはずだ。日本キノコ協会はこのように考えてここ10数年の間、私なりの聖トポロジーのモデルを各地で展開してきた。それらを既存の自然宗教や環境といった<ためにするお題目>の枠組みを取り払って、もっと面白く、心温まるネットワークに統合する作業こそがこの「聖トポロジーとキノコ」にほかならない。
[自然を手放さない日本神話のあたらしい可能性を追求]
なにはともあれ、それぞれの土地の精霊たるキノコの語り口に耳傾けながら、 私なりに聖地で考えたこと、感じたことを表記のテーマでこれから表出していくことにしよう。そして有志の方たちの協力をあおぎながら、21世紀にふさわしい日本神話のあたらしい可能性を追求していきたいと考えている 。