浅き夢・淡き恋
- なぜとなにの間で -

Dr.マダラーノフ

[キノコに魅入られた人たち]
 生き物としてのキノコの世界は、常に世人の関心の外にある。ふつうの庶民生活を送る人にとってキノコのようなわけのわからない生き物に関心を抱くこと自体きわめて特異なことで普通ではない。普通でないことで大人たちの社会に反抗する若者たちがカウンターカルチャーとしてのマジック系のキノコに異常な関心を示すことは大いにあるが、そんな若者にしても結婚でもしようものなら「もう若くはないよ」といってこの世界からあっさりと遠ざかるのが普通である。しかし、普通が一番。キノコなんかに関心を抱く人というのは私から見れば不幸で痛々しい。断言できるが、キノコに魅入られた人たちというのはそれぞれ個性的だが、心のどこかにポッカリと開いた空隙を見据えている人たちだ。しかし、それはキノコになにも限ったことではないのだ。何らかの意味で個性的であり続けようとする人は同じ心の空隙をもつものとして不幸であることには変わりはない。わたしの場合はその空隙を埋めるものがたまたまキノコであったわけだが、その穴がキノコだけでは埋まりきれなかったばかりに悩むことになり、そんな中で苦しまぎれに誕生させたのがJ-FAS日本キノコ協会であった次第だ。

[キノコとは青春性そのもの]
 以来、キノコと出会う旅を続けながら考えぬき、今ではその心の間隙とは何なのかをはっきり明示できる。それを私は自身の青春性であると結論づけた。人は誰しも最初から大人であった人はいない。それは神様だって最初から神様だったわけではないのだから当然だ。かみさまは神職者たちや貴族たちがその心の空隙をもっともうまく埋めるものとして長い歴史の中で作っては壊し、こわしては創りあげ、万人に適合するマルチ・サイズに磨き上げてきたものだ。しかし、同じ心の穴ぼこを埋めるといっても青春性はそのアホ(青)臭さから言っても神様とは正反対の対極に位置するものであるが、青春性をテーマにした芸術文化と宗教の差異を話し出せば数冊の本ができるほどのことなので今はどうでもよい。しかし、人も神さまも世狎(な)れることで大人になってきたことだけは覚えておいてほしい。私はそんな世狎れつつも心に水垢のようにこびりついた青春性といったものを絆(きずな)にしたゆるやかな趣味世界の連帯を構想してJ-FAS日本キノコ協会というものを創った。キノコに代表される菌類や虫けら、あるいは雑草は人間世界の庶民同様、この地上では実際は圧倒的多数派なのだが、圧倒的多数は無きに等しいと考える人間の合理的な価値基準からすれば無意味に近い存在だ。その無きに等しい存在のひとつひとつに個性を見出して注目すれば少数派としか見えないという逆説が生じる。私の考える<キノコの前の絶対平等主義>とは常に世の最底辺にうごめくいのちの立場に立って世界を見つづけること(キノコ目)であり、<キノコ普及の思想>とは、その意味での絶対少数派支援、日常意識の中では決してかえりみられることのないいのちの営みをかけがえのない文化としてさりげなく示すことにある。

[日本キノコ協会という名称の是非]
 それなら、なぜ日本ヘテロソフィア文化協会、あるいは日本キノコ文化協会ではなく日本キノコ協会なのかという問いも当然出てくると思うので申し添えておくと、上昇志向のはげしい人間にとっては「生きる」ということと「他から自分を峻別すること」とは同一の情熱に根ざしているので、わたしたちの上昇意識がみえにくくしているもうひとつの世界に思いをはせ、ひるがえって自身を他から差別していく激情(プラトンはこの激情をティモスと名づけた)が根も葉もない愚かなものであることを確認するためには<野山のキノコとデートが一番>と経験的に思い至ったからである。J-FASは哲学のモデルとしてキノコに他者の存在を暗示させるカギ穴という象徴性をもたせているからである。
ヘテロソフィア時代に入った日本キノコ協会にあっても、会員個々人がキノコと出会う旅というものを活動の基本にすえており、それは学問や採集とは厳密に一線を画したキノコとの出会い自体を楽しむキノコ観照の時間をもつことにほかならない。自分以外の存在へのいつくしみにみちたまなざしはこうしたひめやかなたのしみの中ではぐくまれるものだからだ。

[協会設立をうながした二つの事件]
 J-FAS日本キノコ協会はキノコの分布を調べる目的で発足した「グループきのこ星雲」を母体にしているが、キノコ学に貢献すべく分類の真似事を数年やるうちに、まぎれもなく微生物であるキノコを趣味として生涯を賭して取り組むためには分類学というシステムはアマチュアを不幸にするシステムでしかないと考えたことが設立の動機である。
キノコの分類学にアマチュアとして貢献したいという思いではじめたグループきのこ星雲を解消して日本キノコ協会を設立すべく動き出した私にとって、キノコの形態から入りヒダがどうとか胞子がどうとかいう判断に光学顕微鏡のミクロ的検証を加味した準人為分類のキノコ学の世界は終わったと思われる2つの事件に遭遇した。その一つは1992年ネイチャー誌に「地球最大級の生物」として報じられた分子生物学の手法で割り出したミシガンの広葉林でのナラタケについての記事、もうひとつは生地研から出版され、自然分類によるサルノコシカケ・グループの体系の見直しを訴えた『日本産ヒダナシタケ類の分類』(菊原伸夫著)という地味な書物だった。

[「なに派」と「なぜ派」のあいだで]
 私にとってショックだったこの時以来、キノコ世界におけるアマチュアが胸をはって「趣味はきのこです」といえる独自の分野の開拓をはじめようと呼びかけて活動を開始した。しかし、折りからのアウトドア・ブームに乗って集まってきたのはポスト・山菜世界からの難民たちがほとんどで、私にとってすでに終わってしまった世界にこれから参入しようという人たちばかり、キノコに関心の深いマスコミ関係者もこのブームを採集生活をあおる形で便乗したものだからたちまち近郊の野山は荒廃し、世紀が変わったここ数年、名だたるキノコ・スポットはキノコ愛好家の踏み跡だらけと化してしまった。そして、キノコに集まってきた採集家たちをつぶさに観察してみると面白いことに、彼らには「なに(What?)」という関心はあっても「なぜ(Why?)」がないことで一致していることがわかってきた。「なに派」にあっては「なに」が終着点であって、「なに」を出発点にしてそこから遠くへ旅立とうとする意欲はほとんどない。そこにはなにか知的ということに対するはにかみのようなものがほの見えてゼロ・ワン発想を先取りしていると思えるくらい、潔く、かたくなに、きっぱりと割り切って判断停止することで共通している。無駄な考えを根っから拒否するという点では「分別ざかり」とも言えるが、空想することを第一義とする「考える葦」からは遠い存在であった。
 大衆化現象というのはいつの時代もそうであるが、キノコの世界もご多分にもれずパワーのみあって創造性に乏しい時期がそのブームの最良の時期にかさなってしまった。しかし、そんな中から現在のヘテロソフィア世代も育ってきたのだから「このブームなかりせば」という気持ちはさらさら無いが、「もの派」は自身の中にうごめく混沌(カオス)すら持ち前の潔さであっさりと捨ててしまう傾向がつよいので、<青春性という混沌を淡いきずなとする協会>のあるかぎり「なに派」から「なぜ派」への移行をうながすさまざまな試みはJ-FAS第2期事業としてますます過激に展開していかねばならないと考える。

[キノコもびっくり「ギャラリーきのこ」]
 そんな中で誕生した「ギャラリーきのこ」は、キノコに義理立てすることなく「なぜ派」志向の会員諸氏が足らずを補いあってあっと言う間に立ち上げたキノコもびっくりのアート・サロン。運営にたずさわる人たちはそれぞれとても大変だが、かれらのアマチュアの域をはるかに超えた活動ぶりのおかげでヘテロソフィア時代の「なぜ派」志向のキノコ愛好家たちの心なごむスポットとして日々更新中である。

[八方塞がりのアマチュアのキノコ学]
 J-FAS日本キノコ協会は決してキノコの分類学をおろそかにするものではないが、アマチュアが趣味としてキノコ分類を手がけるのは説得して断念させるか、もしくはその青雲の志かたければ、まず職業としての道を模索するように奨めている。およそいかなる学もアマチュアが趣味でこなせるようなものは一つもなく、ましてやその大半の生活史を微生物として送るキノコは、たとえ、そのペニスやオマンコ部分が目に見えたとしても「耳無し芳一」の耳でしかない。そんな不完全な部分の関心から糸状菌世界の全体へ学問的に分け入るためには豊富な資料的集積と微生物検査の設備を充分に活用できるポジションの確保のほうが先決だという理由による。その職業としての道の果てに果たして分類学があるかどうかは各自の資質の問題だから私にどうこう言う資格がないことはわきまえているつもりだ。
 また、アマチュアが雁首そろえて採ってきたキノコをカリカリと詮索し、仮称の和名を頻発するのも考えものだと思う。その努力と精力には涙ぐましいものがあるが、その仮称の集積が果たして「菌類学のために」なるのかと自問してみることも時には必要だと思う。キノコの生物学の基礎科学である分類で食える学者はごくごく少数で、そんな生産性の低い業界でアマチュアがキノコの仮称を積み上げることを高く評価する度量のひろい学者がいるかどうかは甚だ疑問である。わたしたちが興味のおもむくままにキノコの分布を調べるということも、「菌類学のため」などという大儀名分とは別の次元のことで、あくまで趣味の域をこえるものではない。
 菌類学への貢献としてアマチュアにできることと言えば、研究者のキノコ論文の資料集めくらいしかないのだが、これとてアマチュアがキノコ趣味世界で一家を成すための補助手段ではあっても王道ではない。したがってアマチュアが趣味としてのキノコから出発して菌類学へいたる道は、職業としての道を確保しないかぎり八方塞がりなのだ。しかし、80年代後半の時点では、キノコの分類学はアマチュアに唯一開かれた新世界に見えたから致し方ない。

[微生物世界における「なぜ派」の将来]
 他方、微生物であるキノコの世界でアマチュアの「なぜ派」は学問として成立するかというと、これもむずかしい。例えばキノコの生態といっても野外で微生物調査をする方法自体が学問的にも確立されておらず、個々の研究対象に有効な定量分析の方法も機材も持ち得ず、生態ということになると四六時中キノコに添い寝するくらいの覚悟がなくてはできないので研究に必要かつ充分な有給休暇もとれないアマチュアの活動が評価されることはまずありえない。

[脱キノコ学時代のJ-FAS]
 しかし、キノコのアマチュアはなぜこうも学にこだわるのだろうか。私から見ればアマチュアのキノコ学の世界もあくまでキノコ趣味世界の一部でしかなく、すべての活動に先行し優越的地位を与えるものではないと思えるのだが。むしろ私たちアマチュアは、キノコという面白い生き物と気ままにつきあっている立場を利用して、そのキノコが示すさまざまな面白さ・不思議さをおもいおもいの方法で表現することに専念すべきではないだろうか。方法論を異にすることで、研究者と対等の立場でキノコを論じあえる地歩が築いていけると思うのだが。プロ、アマを問わず、多くのキノコ愛好家の後進を育てたマツタケ博士、故・浜田稔の提唱した菌類談話会の初心もまさにそうであったと私は理解している。
 協会の実現してきた数々のアート展は「キノコをかくし味としたアート」という表現にみられるようにキノコに固執したものではないことで普遍的な潮流あるいはアートの総合化をめざしているが、ヘテロソフィア芸術、すなわちキノコ目の芸術・文化活動は、すでに文学的には「内なる青春を方法化する文化」、政治的には「アンチ・グローバリズムの文化」として胎動を始めている。J-FASの活動の軌跡は一貫して、学問としてのキノコを離れることでもっとするどくキノコ世界の本質に接近する方法のあることをさりげなく示してきたことは言うまでもない。

[アマチュアのなぜ派の現在]
 マダラーノフの初学時代に私淑した「なぜ派」志向のアマチュア・キノコ愛好家たちのほとんどは、今や食への関心と分類学志向といういずれにせよ「なに派」でしかない部分に二極分解していくキノコ界につきあいきれないものを感じ、キノコ界に未練を残しながらも距離をおいてつきあっているのは残念でならない。

[「なぜ派」のアマチュアたちの不朽の業績]
 「なぜ派」のアマチュアのキノコ趣味世界に果たした業績の多くは彼らによってなされたし、今後も孤軍奮闘する形で持続されるだろうが彼らの安住の地がキノコ界のどこにもないのは慙愧にたえない。今ざっとそらんじているだけでも伊沢正名の青春を賭したキノコ映像の数々で満たされたヤマケイ『日本のきのこ』、その続編ともいうべき幼菌の会の家の光協会版『きのこ図鑑』、きのこ入門の古典的作品というべき上田俊穂の検索入門『きのこ図鑑』、相良直彦・高山栄共著の『きのこの探検』、同じく高山栄のおしゃれなきのこ世界のガイドブック『おいしいきのこ・ 毒きのこ』、アマチュアの博物誌として当時の最高の水準を示した井口潔の『街で見つける山の幸図鑑』、「なぜ派」のキノコ研究のスリリングな方法を示したガマゲッチョこと、盛口満の『冬虫夏草を探しにいこう』、キノコ・グッズ愛好家のバイブルとなった小林路子の『なにがなんでもキノコが好き』、奥澤康正の10年に亘る執念の資料収集が実った『きのこの語源・方言事典』、冬虫夏草に魅入られたテンペラ画家・大竹茂夫の画文集『アリストピア』、永井眞貴子翻訳によるロラン・サバティエ著『きのこの名優たち』、この書物は翻訳文化に甚大な貢献した人に与えられる渋沢・クローデル賞の中でルイ・ヴィトン特別賞を受賞した。
 そして、これらの書物のほとんどを自身は縁の下の力持ちとなって尽力を惜しまなかった内田正宏と香川長生の二氏の存在も忘れてはなるまい。これらの作品はアマチュアのキノコ趣味世界の深化の上で甚大な貢献を果たし、歳月の風化に耐えていつひもといても新鮮な喜びを与えてくれる点で古典の域に達している。

[浅き夢、淡き恋に生きる]
 「遊びをせんとて生まれけむ たわぶれせんとて生まれけむ」という『梁塵秘抄』のはやり唄は、あの明日をも知れぬ時代背景の中でこそ切実な意味をもっていたと思われる。わたしたち庶民にとってたまの休みに<キノコとデート>といったささやかな趣味を持続することすら困難な時代がそこまでめぐって来ている。時代はみんなをしあわせにしないシステムの元で大きく狂いはじめているのだ。
 こんな時代に「遊ぶ」ということはそれこそ身体を張っていのちがけで遊ぶことを意味するのだから、キノコを趣味とするアマチュアは、ここらできっぱりと菌類学のためなどとハンパなことは言わずに、いのちの次に大切な「遊び」としてキノコ趣味を位置づけることをおすすめする。そして名前を言い当てるようなことはほどほどにしてもっと静かにキノコそのものと白紙の心でじっくり対話する時間を増やすことに専心すべきだ。
 キノコファンは誰でもその初心の頃はキノコとの出会いのときめきに生きていたはずだ。私もご多分にもれずキノコとの出会いそのものにぞくぞくする楽しみを感じて山野をかけめぐったものだった。ふりかえれば浅き夢見ごこちのまま過ぎてきた至福の日々があり、図鑑に載っているおおかたのキノコと出会ってしまった今でさえその思いは少しも変わらないのは不思議というほかない。キノコを思うだけで胸が熱くなる時代こそ過ぎたが、私の後半生がキノコと共にあることに変わりはない。

[もっと面白い世界をめざして]
 しかし、「ギャラリーきのこ」の誕生にともない、キノコ探訪の各エリアにおいてもリーダー格のキノコ・レインジャーも育ってきたので、キノコ・アマチュアたちの経済的自立、ヘテロソフィア芸術の曼荼羅的展開という日本キノコ協会第2期の中心課題を実現すべく、キノコ趣味のさまざまなミクロ・コスモスの充実と、それらをヘテロソフィア芸術・文化へとつなげていく総合化の作業に取り組むべき時が来たようだ。いよいよマダラーノフはありったけの想像力を駆使してヘテロソフィア世界の開示に向けて全精力を傾けていきたいと思う。
 不揃いのキノコたちという形容がぴったりの会員諸氏も、どうぞ、それぞれの持ち場で、キノコたちとの淡き恋に生きながら21世紀のキノコファンにふさわしい新境地のあそびをめざして助走をはじめてもらいたい。


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