「紫芝」について
三谷 拓也
晩唐の詩人、李商隠(812年?858年)に、『重過聖女祠(重ねて聖女祠を過ぎる)』と題された次のような八言律詩がある。
白石嚴扉碧蘚滋 白石の嚴扉 碧蘚滋し
上清淪謫得歸遲 上清より淪謫せられて歸りを得ること遲し
一春夢雨常飄瓦 一春 夢雨 常に瓦に飄り
盡日靈風不満旗 盡日 靈風 旗に満たず
萼緑華來無定所 萼緑華 來りて定所無く
杜蘭香去未移時 杜蘭香 去りて 未だ時を移さず
玉郎會此通仙籍 玉郎 會(かなら)ず此に仙籍を通ぜん
憶向天階問紫芝 憶う 天階に向かいて紫芝を問いしことを
絢爛として恍惚的でありながらも、その色彩が透明で、どこか寂寥感や虚無感を宿した所が、この人の詩の本質だと思われるが、そのような特徴がここにもよく現われている。
ところで、この詩の最後の二句で作者は何を言っているのかと言うと、次の通りである。
「仙界の侍従に過ぎない私ではありますが、きっとこの道院でこそ仙籍に通じることができましょう。かっては宮廷において紫芝を食し、何とか位を上げようとした。そんな過去のことも思い出されはするのですが」。
李商隠は唐の帝室の末とは言え、しょせんは下級官僚の家柄に過ぎず、帝国が衰滅へ向かう時代に、雇われ文官として放浪の中に生涯を終えた人である。かっての女道士は娼妓でもあったと言うから、この詩の一見きらびやかな装いの裏には、自己や社会に対する憤懣、自嘲、諦念などの複雑な感情が隠されていると思われる。
古代の道教では、「紫芝」なるきのこを食べると、仙界の位が上がるとされていた。努力してあの世にいっても厳重な身分があると言うのだから、ご苦労千万なことである。この「紫芝」は学名Ganoderma sinensisと言い、別名「黒芝」とも呼ばれるように、紫というよりも、むしろ黒に近い色をしている。効能は「霊芝」と同じだと言うから、強い薬効を秘めたきのことして、古来より珍重されてきたものなのだろう。
この「芝」という色が重んじられてきたのだろうか。中国では紀元前の時代から、「紫」は神仙と帝王の帯びる色とされてきた。ここで考えてみると、「紫」は青と赤のニ原色の合成からなる。四神相応で言えば、「青龍」は東、「朱雀」は南、その合成色である「紫」は言わば東南、最も光り輝く位置である。
また、「赤」と「青」は、例えば暖と冷など、何かにつけ対照的な色である。日本の古神道では、万物は「火」と「水」から成り、神は「火水(カミ)」であるとする。だから「紫」が神の色だというのは、正に当を得ている訳である。
言わば「紫」とは、万物の二極となる「赤」と「青」を総合すると共に、その両者から中立的でもある色だと言える。絵具で実験してみれば分かるように、赤と青を濃く混ぜ続けると、やがては黒に至る。「黒」は混沌の象徴である。その混沌(太極)から、やがて陽(赤)と陰(青)が生まれ出る、その二極分化の中間に位置するのが、「紫」という色である。
だから、例えば美輪明宏や、「ニューハーフ」とか「ドラッグクイーン」と呼ばれる「性の越境者」たちが、好んで紫の色を身に帯びるのは、やはり何か深い意味があるのではないか、と秘かに考える、今日このごろである。